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広島地方裁判所福山支部 昭和50年(ワ)227号 判決 1982年9月30日

原告

上島珈琲株式会社

右訴訟代理人弁護士

永野彰

右輔佐人弁理士

岡本富三郎

右同

北村修

被告

ダイワコーヒー株式会社

右訴訟代理人弁護士

中島純一

右輔佐人弁理士

中島信一

右同

花崎愛之助

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第一、当事者の求めた裁判<省略>

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1  原告の商標権

原告は次の商標権(以下、本件商標権といい、その商標を本件登録商標という。)の権利者である。

登録番号 第一〇九四九一号

出願 昭和四六年三月一八日

登録 同四九年一一月一日

指定商品 第二九類(茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷)

登録商標、「DCC」の欧文字を横書にして成るもの。

2  被告は紅茶、コーヒー、ココア等の加工販売を業とするものであるが、その取扱商品に関し「DCC」または「D.C.C」の横書き欧文字より成る商標(以下、便宜上「DCC」、「D・C・C」と表示する。)を使用している。

具体的に指摘すれば以下のとおりである。

(一) 「DCC」に、登録商標であることを示すの表示またはこれに加えて一般商品である「コーヒー」なる文字を付加したもの。

その特徴は「DCC」なる部分にある。

(二) 「DCC」にコーヒーなる一般商品名を和文宇で「コーヒー」とあるいは英文字で「COFFEE」と付加したもの。

その特徴は「DCC」なる部分にある。

(三) 「DCC」に一般商品名である「コーヒー」を含む「ダイワコーヒー」なる文字を付加したもの。

その特徴は「DCC」なる部分にある。

(四) 「DCC」に前記の表示と一般商品名である「COFFEETEA」なる文字を付加したもの。

その特徴は「DCC」なる部分にある。

(五) 「D・C・C」と各文字の間に中点を付したにすぎぬもの。

その特徴は「DCC」の部分にある。

3  本件商標と被告の商標の類似

(一) 被告の商標の「DCC」なる特徴部分ないし要部は本件商標の同一である。同じく「D・C・C」は本件商標に比し単純な付加記号があるだけで同一というに等しい。被告の商標に付加されているは登録商標であることを示す表示であり「コーヒー」、「COFFEE」、「ダイワコーヒー」「COFFEE TEA」なる部分は単に商品名を示すにすぎないものである。

(二) 被告の使用している商標の特徴は右の如く「DCC」または「D・C・C」の部分にあつて、それは商品の出所を明らかにする意味を有するものであるが、本件商標と対比して、観念が類似するだけでなく外観、称呼を考慮し総合的全体的観察の下に対比しても被告商標が本件商標に類似していることは明らかである。

(三) 被告の取扱商品は本件商標の指定商品に属する。

4すなわち、被告は本件商標権を侵害しているので、「DCC」または「D・C・C」の文字より成る商標の使用差止を求める。

二、請求原因に対する答弁

1請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2の(一)の商標は被告自身が使用したのではなく、被告製品の販売先たる喫茶店が自店のメニューあるいは招待券用に使用しているものである。同(二)の和文字を付した商標は昭和四五年から被告及びその取引先喫茶店が使用して現在に至つており、英文字を付した分は被告会社の設立以来コーヒーについて使用している。同(三)の商標は昭和四五年一〇月被告が変更した以後使用している。同(四)の商標は昭和四六年被告がシロップ容器のラベルに使用したが翌年には使用を中止した。同(五)の商標は被告創業時より被告が使用しているものである。

(二)  右各商標が原告主張の特徴を有することは認めるが、が登録商標を表示するものであることは争う。

3請求原因3の主張は認める。

三、抗弁

(先使用権)

被告は本件商標権に対抗して、「DCC」あるいは「D・C・C」の商標を自己商品のコーヒー、ココア及び紅茶に使用するにつき商標法三二条一項の先使用権を有する。

分説すれば次のとおりである。

1  先使用事実

(一) 被告会社の沿革

(1) 組織

(イ) 被告会社の代表取締役妹尾直治は、原告会社の代表取締役上島忠雄の兄で訴外株式会社上島珈琲本店代表取締役上島治忠の妻の弟であり、右後者で修業の後昭和二四年独立して福山市に個人経営のダイワ珈琲商会を創立、コーヒーその他の喫茶店用営業材料を需要者たる喫茶店に販売する営業を開始した。

(ロ) その後、昭和二六年、コーヒー等の輸入自由化に伴い業容を拡大し、昭和三四年三月三一日、妹尾直治は被告会社を設立し(当初の商号はダイワ珈琲株式会社)、同社が実質的に同人の従来の個人営業を承継した。昭和四五年一〇月三一日に同社は現在の商号に変更した。

(ハ) 一方、被告は設立当初から、広島市所在の広島珈琲株式会社を事実上の支店として同市地方における営業拠点としてきたが、昭和四〇年にこれを被告に吸収合併してその営業規模を拡大した。

(2) 営業形態とその変遷

(イ) 営業品目

承継した妹尾直治の個人営業以来、コーヒーを主としこれに付随してココア、紅茶、ミルク類、ジュース類、砂糖、果実缶詰等を需要者である喫茶店に販売してきた。

(ロ) 営業形態

(a) 右商品を需要家に配達販売することを例とした。これは主力商品たるコーヒーの品質保持のねらいからである。

(b) 被告は、昭和四五年一〇月二日以来、スーパーマーケットニチイ福山店内に直営喫茶店を開設し、同時に被告商品の直売部を設け、同じく同日から福山市霞町一丁目二番三三号の社屋で喫茶店を直営している。

(c) 支店

広島支店については右(1)の(ハ)のとおりで、ほかに被告会社設立と同時に倉敷支店を設置している。

(3) 営業規模の変遷

(イ) 資本金

昭和四四年四月、従来の払込済資本金六〇〇万円から九〇〇万円に増資し現在に至る。

(ロ) 売上高

昭和四四年度 一億四四〇〇万円

〃 四五〃 二億〇八〇〇万円

〃 四九〃 三億五〇〇〇万円

〃 五二〃 四億四〇〇〇万円

(ハ) 販売地域、得意先喫茶店数

昭和四五年当時から広島、岡山、山口、島根各県下一円に販路、同年当時の得意先数約五八〇軒、昭和四九年末時には約一〇〇〇軒。

2  被告商標の使用とその周知著名性

原告の本件商標登録出願前「DCC」の商標がコーヒー、ココア、紅茶等の被告業務商品を表示するものとして、需要者間に広く認識されるに至つた事情は次のとおりである。

(一) 永年の使用

被告会社代表者妹尾直治は、前記個人創業の昭和二四年以来、「DCC」の商標を同人の事業に係る商品に使用してきており、被告会社設立後も、被告は右商標を自社の営業商品であるコーヒー、ココア、紅茶、ジュース、シロップ等に使用して原告の本件登録商標出願時に至つていた。原告は本件登録商標を未だかつて使用したことはない。

(二) 販売量、販売方法

売上高の推移は前記1の(3)の(ロ)のとおりであるが、被告が取引先喫茶店に販売する一回分のコーヒー量は、一、二キロ(単価キロあたり一三〇〇円前後)であり、ココア、紅茶等の取引量も小さいので、前記年商における取引回数は極めて多かつた。

販売方法は主として配達によつていたことは前記1の(2)の(ロ)の(a)のとおりであるが、具体的には、毎日あるいは隔日ないし二、三日おきに喫茶店に「DCC」の商標を表示した車輛で、同商標を付した上衣を着用した従業員が同商標で包装した商品を販売し、納品書、領収書、注文受書等いずれも同商標を付したものを相手方に交付していた。

(三) 販売地域、市場占有率

販売地域については前記1の(3)の(ハ)のとおりであるが、広島県下については、同県喫茶環境衛生同業組合加入の喫茶店数は昭和四五年(本件商標出願の前年)において七九九店であるところ、同年度の被告の売掛台帳に記載の同県内の喫茶店数は四七二店であるから、被告の同県下の全喫茶店に対する取引率(市場占有率)は、喫茶店の右組合加入率を五〇パーセントとしても、現金売先約五〇店を加えると、取引先数約五二〇店となり、市場占有率は約三二パーセントにも達していた。

このことは、広島県に隣接する山口、岡山、島根各県下の被告の販売地域の喫茶店業界についても、「DCC」の商標が被告の商品を表示するものとして認識されるに至つていたことをも推認させる。

(四) 宣伝、広告

取引行為における宣伝は右(二)のとおりであるが、被告はそれ以外に左記のような広告活動をしてきており、これに要した広告費は、被告会社の本社勘定で、昭和四四年九月三〇日から同四六年三月一六日までで合計二三〇万九八五〇円、広島支店勘定で同期間三一二万七一三〇円であつた。それ以前、以後においても被告は多額の広告費を支出して「DCC」の商標が被告商品を表示することを周知せしめんとしてきた。

新聞広告

電話帳広告

新聞折込チラシ広告(喫茶店等の開店時)

取引先喫茶店の招待券広告

喫茶店内のメニュー等に表示の広告

屋外広告

以上のとおり、被告の「DCC」の商標は原告の本件商標登録出願日の昭和四六年三月一八日当時すでに被告の営業地域たる各県内で被告商品を表示するものとして、その需要者間に広く認識されており、その後の営業の発展と共にますます周知されつつある。なお、右「広く」の要件(商標法三二条一項)については、「広く」とは全国的にということではなく一地方でもよいのであり、コーヒーの如く風味保持を要するものは一県及びその隣接地程度で足るのである。

3  使用の意図

被告の前記商標の使用については不正競争の意図はなかつた。詳しくは後記原告の主張に対する答弁のとおりである。

(権利の濫用)

原告は、被告が多大の広告、宣伝費を支出し、永年の営業努力で広く認識されるに至つた「DCC」の商標を、自己の利益に利用せんとし、右周知商標たることを承知しながら、本件商標の登録を出願して商標権を取得し被告の右周知商標の使用を禁圧しようとしている。

原告の請求は商標権の濫用であつて許されない。

四、抗弁に対する答弁

1  先使用権についての1の事実中、被告会社が昭和三四年三月三一日設立されたこと、被告がコーヒー専門店として被告主張の商品を喫茶店を対象として広島県。岡山県の地域に販売活動をしていたことは認めるが、その余の主張事実は不知。

2  同2の事実中、被告の「DCC」の商標が被告の商品を表示するものとして需要者間に広く認識されていたとの事実は否認する。

被告は、商標法三二条一項にいう「広く」とは一地方でも足ると主張するが、コーヒー、ココア、紅茶の如く全国に均質的に流通する商品については商標法でいう周知性の判断基準となる一地方とは、例えば北海道一円、九州一円等相当広範囲の地域を指すのであり、本件の場合、少くとも中国地方一円と認めるべきである。しかるに、被告が、本件商標登録出願時以前にコーヒー等の商品の販売活動をした地域は福山市及び広島市とその周辺の極く限られた狭い地域でしかなかつたのであり、とうてい右要件を満たさない。

また、周知というためには、直接の取引相手が知つているというにとどまらず、一般需要者間に広く認識されていること、競業者の圧倒的多数の者が該商標の存在を知つていることが必要であり、さらに、右認識に加えて、需要者をして商品の出所が積極的に表示し得られる程度に知れ渡つていることを要するが、被告の場合いずれの程度にも達していない。

そもそも、先使用権は本来の商標権と併存して商標権の権利範囲に属する商標と同一の商標を使用できる例外的権利であるから、濫りに認められるものではないのである。被告は、本件と同様の主張をもつて本件商標に対し登録無効審判請求をなしていたが、特許庁は、昭和五七年三月二四日、被告使用の商標は周知性が認められぬとして右請求を排斥する審決を下した。

3  同3の事実は否認する。詳しくは後記原告の主張のとおりである。

4  権利濫用の主張については、被告の「DCC」の商標は過去においても現在においても被告の商品を表示するものとして周知ではなかつたから、被告の右主張は前提を欠き理由がない。

五、原告の主張

被告の「DCC」商標の使用行為には以下に述べるとおり不正競争の目的すなわち原告の営業方法を模倣し原告の商標の名声を営業上利用せんとする意図があつた。

1  原告は、昭和三〇年頃から、コーヒー豆包装用の薄茶色の紙袋と透明のビニール袋の表面上、菱形の枠内に「UCC」の横書き欧文字を表示した商標(以下、便宜上「UCC」と表示する。)と、特殊な書体からなる「Coffee&Tea」の文字を表示して販売用に使つていた。そして、昭和三七年当時、原告の資本金は一三〇〇万円、支店数は一七店にのぼつており、同三六年頃には右袋の表示は原告の営業たることを示すものとして需要者間に広く認識されていた。

しかるところ、被告は昭和三六年頃から、コーヒー豆包装用の薄茶色の紙袋の表面上、菱形の枠内に「DCC」の文字による商標と「Coffee&Tea」の文字を表示して、これを販売用に使用したが、ことに右後者の書体は原告の前記書体に酷似するものであり、被告の右紙袋表面の表示は全体として原告の前記紙袋及びビニール袋の表示を模倣したことが明らかである。

2  原告は、昭和三五年頃から、コーヒー等の商品の雑誌広告において、「UCC」の商標と「文化人の珈琲」のキャッチフレーズとを並記表示していたが、被告は昭和四一、二年頃、コーヒー等の商品の新聞広告において「DCC」の商標と「文化人の飲料」のキャッチフレーズとを並記表示しており、右広告は原告のそれを模倣したことが明らかである。

3  また、原告は、コーヒー豆等を喫茶店等の得意先に届けるため車体を「白色と小豆色」に塗装し、車体側面に「UCC」の商標を表示した営業用自動車を使用していた。

しかるところ、被告は、原告より後の昭和四〇年頃から、コーヒー豆等を喫茶店に届けるため、車体を「白色と小豆色」の二色に塗装し、車体側面に「DCC」の商標を表示した営業用自動車を使用し始めた。これは原告を模倣したことが明らかであり、このため原告は右自動車で配達した際、二重訪問と誤解されたことがあつた。

4  さらに、被告は、「DCC」の商標の後に、登録商標であることを示すの表示を付していたが、右行為は取引者、同業者及び需要者を欺く行為である。被告は右につき、レギュラーコーヒーの意味を表示したものと主張するが、がレギュラーを意味するとは解し難く、現に喫茶店で扱うコーヒーはどこでもレギュラーコーヒーであるから、ことさら右表示をするまでもなく、また、インスタントコーヒーであつても、これに登録商標が付される場合にはと表示されるのが通例である。

六、原告の主張に対する答弁

1  右主張1の事実につき、被告が昭和三六年末頃から原告主張の表示のあるコーヒー袋を使用していることは認めるが、原告が被告より以前から同様の袋を使用していたことは否認する。被告は原告の模倣をしたことはない。

2  同2の事実につき、被告が原告主張のキャッチフレーズを使用したことは認めるが、これが原告の模倣であるとの点は否認する。短い語からなるキャッチフレーズは、ある程度の近似性は免れず、特に品質表示的文句は他に言いようがない場合もある。商標法では品質表示語の独占を禁じている(三条一項三号)が、原告の主張は右独占に連らなるもので失当である。

3  同3につき、被告の営業用車輛の塗装色は認めるが、コーヒー業者がコーヒー色に近い色を選ぶのは当然であるうえ、以前から小豆色は自動車メーカーの基本的塗装色の一つであつて、原告に同色の独占を許すことはできない。

4  同4につき、被告が「DCC」の商標にを付記したのは、レギュラーコーヒーの意味に表示使用していたのであり、に登録商標の意味があることは知らなかつた。

5  かりに、被告に不正競争の目的でなくといえない行為があつたとしても、被告の「DCC」商標についての周知性の取得は、コーヒー等の配達販売に基づくところが最も大きいから、被告の不正競争行為と被告の「DCC」商標についての周知性取得の間に因果関係はない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二被告が、紅茶、コーヒー、ココア等の販売を業とするものであるところ、右商品に関し「DCC」あるいは「D・C・C」の欧文字をそれぞれ要部とする標章を現に使用していることは当事者間に争いがない。

三右被告使用標章が本件商標に類似することは右争いのない事実から明らかであり、被告もこれを争わない。

よつて、原告は本件商標権に基づき、その指定商品に用いられている被告使用標章の使用禁止を求めうる地位にあるので、以下、被告の主張につき判断する。

四先使用権の主張に対する判断

1  被告商標の成立

<証拠>によれば、被告代表者の妹尾直治は昭和二二年から神戸市でコーヒー加工販売の修業をした後、昭和二七年、福山市において「ダイワ珈琲商会」の名で個人営業として独立したこと、同人は、そのころから、右「ダイワ」の「D」と「コーヒーカンパニー」をあらわす「CC」を組み合わせた「DCC」を菱形で囲んだものを、その事業の商標と定めたが、昭和三三年ころまでの右事業は小規模であり営業範囲は福山市周辺に限られていたこと、昭和三四年三月三一日、コーヒーの加工販売等を業とする被告会社が設立された(この事実は当事者間に争いがない。)が、同社は代表者妹尾の右個人事業が法人成りしたもので「DCC」の商標を受け継いで使用することとなつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  被告の営業内容及び商標使用の態様

(一)  <証拠>によれば、被告は、輸入したコーヒー生豆を荒挽きコーヒーに加工し喫茶店に販売することを主たる営業とし、他に紅茶、ココア、濃縮ジュース、喫茶材料等を喫茶店に卸販売していたこと、荒挽きコーヒーは変質し易いため、被告は週に二回位販売先を廻つて商品を配達する方法をとつていたこと、昭和四五年一〇月になつて、被告は福山市内に直営の喫茶店を開き、また同市内のスーパーマーケット一店舗内に焙豆の小売りとコーヒー立飲みのコーナーを開設し一般向けに業様を拡大したことが認められ、これら認定に反する証拠はない。

(二)  <証拠>を総合すれば、被告の前記標章使用の態様は概ね次のようであつたと認められる。

(1) 被告は、遅くとも昭和三六年ころから、取引先に対する請求書、領収書のほか納品書、受領書に被告会社名と並べて「D・C・C」の文字を菱形で囲んだ標章を印刷したものを各取引先との間で授受していた。また、右のころ、被告の配達するコーヒーは右同様の標章を印刷した袋に収められ、配達にあたる従業員は「DCC」が胸章となつた制服を着用し、同様の標章の入つた名刺を所持しており、配達にあたる車輛にも同様の表示があつた。

(2) 被告は、昭和三九年ころには福山市の店舗屋外壁面に被告名と前記菱形標章の入つた長大な看板を掲げ、昭和四三年ころには得意先の喫茶店の屋外に「DCC」の看板を被告の負担で出してもらうようになつた。昭和四一年ころから、被告は福山市周辺で新規に開店する喫茶店の新聞広告(朝日、毎日、サンケイ等各紙の広島県東部版)に右同様の標章を表示し、協賛として名を連ねたが、その回数は右同年ころから昭和四三年ころまでの間に少くとも延べ二〇回に及んだ。新聞広告の外にチラシで開店が広告される場合があり、被告は右同様これを協賛したが、その回数は新聞広告よりも多かつた。また、喫茶店は開店に際し招待券を一〇〇枚程度配布することがあつたが、被告はこれにも協賛した(証拠として同招待券は、昭和四三年末から昭和四五年にかけての六件が提出されているにすがないが、同期間の件数は右以上であつたと推認できる。)。被告は、昭和四四年には、中国調理師協会発行の業界誌に、昭和四五年には広島県喫茶環境衛生同業組合発行の業界誌と関西地方で発行された業界月刊誌に「DCC」の横書き欧文字の標章を入れた自社製品の広告を掲載した。被告は昭和四三年度から広島市周辺及び広島県東部版の各電話番号簿に「D・C・C」の文字を菱形で囲んだ標章を付した広告を掲載している。昭和四五年一月には中国新聞の求人欄に「DCC」の標章入りで求人広告を出したこともあつた。

以上のとおり認められ、これをくつがえすに足る証拠はない。

3  被告の営業範囲及び業績等

<証拠>を総合すると次のとおり認められる。

(一)  被告会社は資本金二〇〇万円で設立されたが、昭和四二年度中に二度増資され資本金が六〇〇万円となり、昭和四四年には九〇〇万円に増資された。設立当時、被告会社は倉敷市に支店があり、昭和三四年ころから、広島市所在の訴外広島珈琲株式会社との間で同社を事実上の支店とする取引を続けてきたが、昭和四二年これを合併して広島支店とした。昭和四五年当時の従業員数は福山の本店が一二名、広島支店が八名であつた。被告の年間売上高は、昭和四四年度が一億四四〇〇万円、四五年度が二億〇八〇〇万円、四九年度が三億八〇〇〇万円であつた。

(二)  被告の取引先喫茶店は、昭和四五年当時、福山市周辺に約一六〇店、尾道市周辺に約一〇〇店、広島市周辺に約一〇〇店、呉市周辺に約八〇店、府中市周辺に約三〇店、岡山県の笠岡市、井原市周辺及び総社市、倉敷市周辺に合計約四〇店、山口県の岩国市、徳山市、防府市に合計一五店そのほか島根県益田市に一店(但し、同店は卸商)が継続的掛売先としてあり、ほかに現在取引先が約五〇店あつた(広島県、岡山県が販売地域であつたことは当事者間に争いがない。)。同年ころの広島県下の喫茶店数は約一六〇〇と推定されるが、この数字を前提とすると、被告は同県下の喫茶店の約三〇パーセントと取引関係にあつたこととなる。当時、広島県内には一〇社ほどのコーヒーの加工卸商が営業活動していたが、原告が最大手であり、昭和四二年当時の原告の広島県下及び山口県東部における取引喫茶店数は五〇〇ないし六〇〇、昭和四五年当時の右数字は約一〇〇〇であつた。原告の広島県下における市場占有率(量的)は五割を超える位であり、被告は他一社と共に原告に次ぐ地位にあつた。

以上のとおり認められ、これをくつがえすに足る証拠はない。

4 右認定事実によれば、被告が本件登録商標出願前から「DCC」の横書き欧文字を要部とする標章を、右出願に係る指定商品に使用していたことは明らかである。

そこで、被告の右使用商標が、右出願の際、被告の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたといえるかについて判断する。

<証拠>によれば、コーヒー豆は、わが国では産出せず、すべて輸入品であること、その香りや味覚は品種により特徴があるが、持味である芳香は荒挽きコーヒーにする際の焙煎法に左右されることが認められるが、被告製品が独自の焙煎法によりその風味に他と際立つた評価を得ているとの証拠はなく、また、コーヒーは既に全国的に流通する商品であり地域的嗜好特性も格別認め難いことは弁論の全趣旨から明らかである。そして、前認定の如く広島県内だけでも一〇社ほどの同業者が営業していることからすれば、被告のような荒挽きコーヒー加工販売業者の使用商標が需要者の間に広く認識されたといえるためには、一県及びその隣接県の一部程度にとどまらず、相当広範な地域において認識されることを要すると解すべきである。被告は、風味保持の点からしてコーヒーの加工販売範囲は自ら限定されると主張するが、右は一加工拠点からの配送の物理的限界をいうものにすぎず採用できない。右出願当時、被告の営業範囲は広島県全域、山口県東部、岡山県西部及び島根県の一部であること、広島県下における被告の取引先占有率が三〇パーセント程度であること(証人加藤顕の証言からすると同県下における被告の量的市場占有率は右割合以下であつたと推認できる。)、被告の宣伝活動は概ね広島県下に限られていたことは前判示のとおりであるが、この程度では未だ被告使用商標が先使用権者の商標として保護されるほどに周知であつたと認めることはできず、ほかに右周知性を認めるに足る証拠はない。

よつて、その余の判断をするまでもなく、被告の先使用権の主張は理由がない。

五権利濫用の主張に対する判断

1  原告会社の沿革

<証拠>を総合すれば、原告会社は代表者の上島忠雄が昭和八年神戸市に創業した個人商店を前身とし昭和二六年に資本金一〇〇万円で設立されたこと、昭和二七年には広島支店が設置され、被告会社が設立された昭和三四年当時の支店は広島のほか東京、名古屋、大阪(ほかに営業所として下関、姫路、鹿児島、徳島があつた。)が設けられており、資本金は七〇〇万円となり、本件登録出願前の昭和四五年には、支店が東京から九州までの二六県に所在し、資本金は五〇〇〇万円となつており、コーヒーの加工販売業者の最大手の一つとして全国的にその名が知られていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  本件紛争に至る経緯

以上認定の事実に、<証拠>を総合すると以下の事実が認められる。

(一)  原告は昭和三二年に登録された「U.C.C」の文字を菱形で囲んだものを要部とする商標、昭和三八年に登録された「UCC」の横書き欧文字に「上島珈琲総本社」等と付記した商標、昭和四二年に登録された「上島珈琲株式会社本社」の商標を有し、いずれもその登録前ころからこれを使用していた。

(二)  被告は、前認定のとおり、昭和三四年ころから事実上広島市に進出しており、昭和四二年ころからは同市周辺において原告と競争する関係になつていた。原告は昭和三五、六年ころから「文化人の珈琲」なる宣伝文句を雑誌広告等に掲載したが、被告は昭和四二、三年ころの新聞広告に「文化人の飲料」なる宣伝をした(被告が同種文句の宣伝をしたことは当事者間に争いがない。)。原告は昭和三五年ころからコーヒー配達用車輛を白色と小豆色に塗装していたが、被告も昭和四〇年ころから同色に塗装された配達用車輛を使うようになつた(被告が同色の塗装をしたことは当事者間に争いがない。)。原告は昭和三八年ころから菱形を取つた「UCC」の欧文字のみの標章を使用するようになつたが、被告は昭和四三年ころから、同様の「DCC」の欧文字のみの標章を従来からの菱形付きのものと併用するようになつた。原告は昭和三八年ころから原告会社名に「本社」と付加した宣伝文句を使用することがあつたが、昭和四二年ころから被告も右同様「本社」と付加した宣伝文句を使用するようになつた。なお、被告がそのコーヒー袋に「Coffee&Tea」と英文字を崩した特殊な書体で記して使用していたことは当事者間に争いがなく、その時期は昭和三五、六年ころからと認められるが、原告もそのころには同様書体の入つたコーヒー袋を使用していた(もつとも、原、被告のいずれの使用が先であつたかは証拠上判然としない。)。

被告のこれらの宣伝行為を知つた原告会社中国支社(中国地方の支店を管轄する組織)の加藤顕らはこの行為が被告による悪意の模倣と考え、昭和四五年ころ、本社宛に被告の行為に対し何らかの方策をとるよう求めた。

本件登録商標の出願が昭和四六年三月になされ、その登録がなされたのが昭和四九年一一月であることは前記のとおりであり、その公告は昭和四八年八月になされていた。原告は、被告に対し、昭和四九年七月、八月には右出願公告中であることを理由とし、昭和五〇年三月、四月には右登録済みであることを理由として「DCC」標章の使用中止を書面で警告したが、被告は先使用権を主張してこれに応じなかつた。

以上のとおり認められ、これをくつがえすに足る証拠はない。

3  「DCC」商標の双方における重要性

被告が右を要部とする標章を一貫して使用してきたことは前判示のとおりであり、<証拠>によれば、被告はその間右標章を用いた宣伝広告に相当額の出費をなしてきたことが認められるが、被告がこれまで本件登録商標を使用し、あるいは将来同商標を使用するはつきりとした予定があることについては、これをうかがわせる証拠がない。

4  これらの事実から判断するに、原告が本件登録商標の出願に及んだのは前判示の被告の模倣行為を排除することにその目的があつたものと推認され、被告の右行為の態様と当時の原告のコーヒー加工販売業における知名度並びに証人北山明(被告会社営業部長)及び被告代表者本人が被告の右行為について独自の発想によるとして述べるところが説得性を欠くことからすれば、被告のこれら行為は原告を模倣したものと評価されてもやむを得ないと認められるが、その態様は未だ著しく商道徳を逸脱したものとまでは認め難く(各宣伝行為にさほどの奇抜性があるとは認められない。)、且つ、被告のこれら行為により原告と被告とが混同され原告の業績や信用に影響を及ぼしたとは認められないこと、及び「DCC」標章の使用が禁止されることにより被告は二三年余の長きにわたつて使用し、少くとも広島県内においては相当の知名度を有するに至つた有力宣伝手段を失い営業活動に多大の支障を来たすと考えられるに比し、原告は本件登録商標自体にはさほどの投資もしておらず原告にとつて、その重要性は低いと考えられることからすれば右標章の使用そのものの禁止を求める原告の本訴請求は、以上判示の現時の状況下においては、権利の濫用にあたると解するのが相当である。なお、被告が「DCC」の標章にを付記したことがあつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>からすると、被告は取引先喫茶店の発行する招待券やその屋外看板(前記四の2の(二)の(2))に昭和四四年ころから右符号を付記したものと認められるが、右各供述からすると右符号の付記は取引先喫茶店の要望によるものと認められ(他の被告独自の広告等に右符号が付されたことの証拠はない。)、また、その時期が本件登録商標出願前であることからすれば、被告に、右が自己の登録商標であることを仮装する目的があつたとは認め難く(自ら出願可能であつた。)、被告代表者本人尋問の結果によれば、被告においては、本訴提起後は右符号の使用を廃止したことが認められ、これに反する証拠はない。よつて、原告主張の右の点を考慮しても権利濫用についての判断は変わらない。

六結論

よつて、被告の権利濫用の主張を理由あるものと認めて原告の請求を棄却することと<する。> (広田聰)

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